大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和51年(う)307号 判決 1981年2月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人久松亮を懲役八月に、

被告人林和夫を懲役六月に、

被告人小林一顕を懲役四月に処する。

被告人らに対しそれぞれこの裁判の確定した日から二年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中(以下略)

理由

本件各控訴の趣意は、検察官、被告人久松亮の弁護人伊達秋雄、同谷川宮太郎、同松本洋一、同杉本昌純、同吉田雄策、被告人林和夫の弁護人伊達秋雄、同谷川宮太郎、同松本洋一、同杉本昌純、同吉田雄策がそれぞれ差し出した各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これらに対する答弁は、被告人らの弁護人伊達秋雄、同谷川宮太郎、同松本洋一、同杉本昌純、同吉田雄策が連名で差し出した答弁書及び検察官が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判決する。

第一  検察官の控訴趣意第一の一について

所論は、要するに、被告人らに関する『被告人三名は、昭和四〇年四月九日午後六時三〇分頃から、福岡県京都郡苅田町京町二丁目苅田電報電話局局舎二階局長室において、全国電気通信労働組合北福岡支部苅田電報電話局分会の職場交渉委員である被告人久松外同組合員四名と同局局長内山末吉、同局業務課長上野多雄、同局施設課長小西富男、同局庶務係長中村辰範の四名が、自動車運転者の交通事故防止対策等一二項目について団体交渉中、同日午後一〇時頃、被告人久松が公開団交を要求し当局側の反対を無視して擅に交渉担当者でない被告人林、同小林をはじめ同組合員九名を同室内に入れたので、前記内山局長ら四名が、そういう状態では正常な交渉を行なうことができないと判断し、直ちに右交渉の打切りを宣して退室しようとするや、在室の同組合員一一名と共謀のうえ、同室の出入口二個所の内側ドア前に立ち塞がり、背部でドアを押えてドアを開けることができないようにしたうえ、前記内山局長の再三に亘る同室外への退去命令を無視して同所に滞留し、前記内山局長ら四名の周囲に立つて監視するとともに、同人らに対し、「苅田の代々の管理者がどうなつたか知つているか。お前もどうせ長い命じやない。」「お前らはどうせ二日でも三日でも罐詰にしておくんだ。俺達は交替で来るから平気だ。」「お前ら団交の席につかんか。来なければ団交の席に引きずつて来て座らせるぞ。」などと怒声、罵声をあびせて脅迫し、もつて、翌一〇日午前零時三〇分頃までの間、同人らの同所からの脱出を著しく困難ならしめて監禁した』との本件公訴事実に対し、原判決は、被告人らが一応内山局長ら四名をして右局長室から退出することを妨害したことは否み難いけれども、その妨害の程度において被告人らの所為が内山局長ら四名を右局長室から退出することを著しく困難にしたと断定するについて合理的な疑いを容れる余地があり、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するとして被告人らに対し無罪の言渡しをしたが、これは証拠の取捨選択とその価値判断を誤り、その結果事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。

そこで、検討するに、原審並びに当審において取り調べた各証拠によると、

1~5(略)

以上の各事実を認めることができるのであつて、右各事実を総合し、かつ監禁の手段である脅迫には真実害悪を加える意思は必要でないことを考え合わせると、本件公訴事実、すなわち当時内山局長ら四名の局長室から脱出する意思は翻意の余地のない程確固なものであつたことが明らかであり、また、苅田局当局と苅田局分会との間で本件交渉を公開で行なう合意は成立していなかつたから、被告人ら及び前記組合員一一名は、団体交渉の公開を求める権利を有してはいなかつたのに、内山局長らに対し執拗に団体交渉の公開を要求し、被告人久松が不当に交渉委員以外の組合員九名を局長室に入室させ、前記の合計五名が局長室の二個のドアの前に佇立するなどして内山局長ら四名の退出を遮り、被告人林、同久松が内山局長らに対し著しく粗野な言辞で脅迫を加えるのを利用し、暗黙のうちに互いに意思を相通じ合つて、団体交渉公開の目的を達成するため、前記九日午後一〇時ころから翌一〇日午前零時三〇分ころまでの間内山局長ら四名をして局長室から脱出することを著しく困難ならしめて不法に監禁したことを肯認するに十分である。前記窓口折衝の際昭和四〇年四月九日の団体交渉時間を同日午後五時から同日午後一二時までと定める合意がなされていたこと、同月一〇日午前三時ころから同日午前七時五〇分ころまで前示のとおり団体交渉が再開されたことによつて、右監禁の認定事実を左右することはできない。原審第二七回公判調書中の証人青木恒貴の供述部分、原審第二八回公判調書中の証人橋内戦時郎の供述部分、原審第二九回公判調書中の証人一瀬繁幸の供述部分、原審第三〇回公判調書中の証人古門一男の供述部分、被告人久松亮、同林和夫、同小林一顕の原審公判廷における各供述中右認定に反する部分は、いずれもその他の前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を動かすにたりる証拠はない。

そうすると、原判決は、本件公訴事実について犯罪の証明がないことに帰するとして被告人らに対し無罪の言渡しをした点において、証拠の取捨選択及び価値判断を誤つて、事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、既に破棄を免れない。論旨は理由がある。

第二  検察官の控訴趣意第二について

所論は、要するに、被告人らに関する『被告人三名は、昭和四〇年四月一九日午後四時頃前記苅田局局長室において、前記内山局長、上野業務課長、小西施設課長、中村庶務係長及び同局に応援派遣された豊前電報電話局次長橋本薫、行橋電報電話局次長染谷勝治、同局業務課長宗知紀、同局施設課長福原辰生ら八名が翌二〇日苅田局分会により行なわれる予定の日本電信電話公社に対する賃金値上げ要求貫徹斗争にそなえ、内山局長主催のもとにその対策を協議していたところ、苅田局分会員約二〇名と共謀のうえ、同日午後五時一〇分頃から午後九時頃までの間、前記局長室の出入口二個所のドア外側から頻繁に反覆して同ドアを足蹴にし、手で乱打し、これに体当りし、また金属製バケツを乱打して会議の遂行を不可能ならしめる程度に室内をはなはだしい喧噪におとしいれ、かつドアのガラスをプラスチツク製石けん容器の蓋もしくは金属製の急須の蓋でこすり、人の精神状態を錯乱しかねない程度の不快音を発せしめるなどの暴行を加えるとともに、その間「出てこい。打ち殺すぞ。二日でも三日でもこのままに罐詰にして置くぞ。」「上野出てこい。出てきてみたらどうなるか。」「写真撮りよつた奴はききやあせんぞ。」などと怒号して脅迫し、もつて内山局長ら八名の職務の執行を妨害した』との本件公訴事実に対し、原判決は、被告人らを含む二〇名前後の苅田局分会員らが、応援管理者ら来局や団交申入拒否に抗議すべく、局長室前の二か所のドア前付近に滞留して、右二か所のドアや金属性バケツ様のものを乱打したり、ドアのガラス部分をプラスチツク製石けん容器の蓋などで擦つたり、口口に「スト破り帰れ。」、「団交に応じよ。」、「二日でも三日でもこのままかん詰にしておくぞ。」などと怒号し、そのため局長室内も喧噪状態にさらされたことは認められるけれども、当時内山局長ら八名が職務の執行中であつたと認定するについて合理的な疑いを容れる余地があり、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するとして被告人らに対し無罪の言渡しをしたが、これは証拠の取捨選択とその価値判断を誤り、その結果事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。

そこで、検討するに、原審並びに当審において取り調べた各証拠によると、

1~5(略)

以上の各事実を認めることができるのであつて、右各事実を総合し、公務執行妨害の手段である脅迫には真実害悪を加える意思は必要でないこと、ストライキ対策会議であるからといつて、会議の場所を通常会議に使用していた局長室以外にする必要はなく、また会議の時間を通常の就業時間後にする必要もないこととを考え合わせると、本件公訴事実、すなわち、被告人らは、苅田局分会員約二〇名と暗黙のうちに互いに意思を相通じ合つたうえ、同日午後五時一〇分ころから同日午後九時ころまでの間、内山局長ら八名が局長室において前記ストライキ対策を協議していたことを認識しながら、同人らに対し暴行及び脅迫を加えたことを肯認するに十分である。前叙のとおり、前記分会員らが局長室のドアに体当りを始めたころから内山局長らが局長室の二か所のドアの前に机や椅子を置くなどしてドアが開かないように支えたりしていたこと、証人上野多雄は、同日夜前記渡辺新吾らが引きあげた当時極度に疲労困ぱいしてしまつており、また、当審第六回公判期日に尋問を受けたときには、事件後一三年間余を経過していたため、当日夜遅く前記渡辺新吾らが引きあげた後ストライキ対策協議を続行したことについて既に記憶を喪失してしまつていたことによつて、右認定殊に内山局長らが当時公務の執行中であつたことを左右することはできない。原審第三〇回公判調書中の証人古門一男の供述部分、原審第三三回公判調書中の証人一瀬繁幸の供述部分、被告人久松亮、同小林一顕の原審公判廷における各供述、証人因幡英二の当審公判廷における供述中右認定に反する部分は、いずれもその他の前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を動かすにたりる証拠はない。

そうすると、原判決は、本件公訴事実について犯罪の証明がないことに帰するとして被告人らに対し無罪の言渡しをした点においても、証拠の取捨選択とその価値判断を誤つて、事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。趣旨は理由がある。

第三  検察官の控訴趣意第三、及び被告人林の弁護人らの控訴趣意について

一  検察官の所論は、要するに、(一)被告人林、同小林に関する「被告人林、同小林の両名は共謀のうえ、昭和四〇年四月一九日午後零時四〇分頃、前記苅田局局舎二階試験室において、行橋電報電話局施設課長福原辰生が腰かけていたスチール製椅子を、被告人林がその右側から、被告人小林がその左側から各両手をもつて共同して持ち上げ、右福原をして腰かけておられないようにし、もつて数人共同して暴行を加えた」との本件公訴事実に対し、原判決は、被告人林が単独で福原辰生に対し右公訴事実とほぼ同じ態様の暴行を加えたことは認められるけれども、被告人小林、同林が共同して福原辰生に対し右態様の暴行を加えたと認定するについては合理的な疑いを容れる余地があるとし、結局被告人小林に関する本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するとして同被告人に対し無罪の言渡しをし、また、(二)被告人林に関する『被告人林は、その頃、右試験室において、苅田局分会員二〇数名とともに右福原を取り囲んだうえ多衆の威力を示し、右福原に対し、「お前がその気なら二日でも三日でもそのままにして置け。俺らは交替するから疲れはせんぞ。」などと怒号して脅迫した』との本件公訴事実に対し、原判決は、被告人林が福原辰生に対し右の脅迫をしたと認定するについて合理的な疑いを容れる余地があり、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するが、右公訴事実は、被告人林に対する右(一)の暴行の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから主文において特に無罪の言渡しをしない旨判示したが、これらは、いずれも証拠の取捨選択とその評価を誤つた結果、事実を誤認したものであり、それらの誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのであり、被告人林の弁護人らの所論は、被告人林は右(一)の公訴事実について福原辰生に対し暴行を加えたものではないから、右公訴事実について同被告人は無罪であるのに、原判決がこの点を積極に認定し被告人を有罪と認めているのは事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。

二  そこで、先ず、検察官の前記所論(一)、及び被告人林の弁護人らの所論について検討するに、原審並びに当審において取り調べた各証拠によると、

前記第二の1、3の経緯により、公社行橋電報電話局の福原辰生施設課長は、昭和四〇年四月一九日午前八時四五分ころ苅田局に応援管理者として派遣されて出頭し、同日午前一一時ころ、小西施設課長の案内で苅田局局舎二階試験室に赴き、同日午前一一時五〇分ころには小西施設課長は同室西側に五個並べられた机の北端の北側に置かれた施設課長の椅子に東方に向かつて座り、福原辰生は、右机の北端の延長線より北方で、右椅子の東方の位置にこれと約数十センチメートルの間隔をおいて置かれたスチール製の回転椅子に小西施設課長と相対し西方に向かつて座つていたところ、右試験室のドアを開けて、被告人久松、中村委員長、青木書記長、藤田執行委員、被告人林、同小林、橋内戦時郎その他の苅田局分会員ら二十数名が同室に入り、被告人林、同小林が福原辰生の後に、橋内戦時郎が小西施設課長の後に、その他の右分会員らが小西施設課長と福原辰生の間を除くその他の右五個の机の回りにそれぞれ佇立し、いずれも福原辰生に対し、そのうちの数名が、口口に、「スト破り帰れ。」、「お前何しにきたか。」、「次長達はもう帰つたぞ。ここにおるのはお前一人だ。早く帰れ。」、「いつまでおりるつもか。帰るなら今のうちぞ。」、「ろくな奴じやない。」などと繰り返し申し向け、被告人久松が、手に持つた丸めた大学ノートで福原辰生の背後に置かれていた机を叩きながら、「帰れ。」、「何しにきたか。」、「スト破り、帰れ。」、「福原、お前は何ちゆう目をしとるか。その目は刑事みたいな目じやないか。」と申し向け、被告人林が、「朝門を入るときに挨拶もせんで入つてくるとは何事か。刑事か泥棒かも知れんじやないか。身分証明書を出せ。」などと言つて片手を差し出し、更に、「お前達は俺達が闘争して取つたベースアツプを横取りする大泥棒の助手だ。ベースアツプがあつても私はいりませんという確認書を書け。」と申し向け、万年筆と西洋紙を差し出して右確認書を書くよう迫り、同日午後零時四〇分ころ、被告人林が、「よし、お前達が帰りきらんなら、俺が運んでやる。」と申し向け、小西施設課長との間に何の障害物も人も介在しない状態で、同課長と真正面から相対していた福原辰生の座つていた前記回転椅子の右側において、右手でその座の右側を、左手でその背の付近をそれぞれ持ち、被告人小林が、右椅子の左側において、左手でその座の左側を、右手でその背の付近をそれぞれ持つて同時に右椅子を数センチメートルないし十数センチメートル位左右の高さをほぼ同じ位にして約二、三秒間持ち上げて福原辰生の身体を宙に浮かせたうえ、これを持ち下ろし、同人がよろけながら足を床に着け、顔面を蒼白にし、口もきけない状態で、体を硬直させ、両手で右椅子の座をしつかりと握つていたところ、被告人林が、おじさん、何しとるかという趣旨のやゆをしたので、多数の前記分会員らがどつと笑つた。その後も、被告人林、同小林は、終始沈黙を保つていた福原辰生に対し、「こいつらは横着な奴だ。」とか、「前の管理者は逃げ出したのに、こいつらは横着な奴だ。」とか、「人間じやない。」とか申し向けていた。同日午後零時五五分ころ、被告人久松が、「よし、俺が今から音頭を取る。」、「電電公社の大泥棒」と叫ぶと、他の前記分会員らがこれを三唱し、同日午後零時五七分ころ被告人久松の「よし、もうお前達がそういう気なら徹底的にやつてやるんだ。」という言辞を最後に前記分会員全員は前記試験室から退出した。翌朝、小西施設課長は、上野業務課長から前日の出来事を記録しておくよう求められたので、これを紙片に書いて同課長に渡した。

以上の事実を認めることができるのであつて、右各事実を総合すると、被告人林、同小林は暗黙のうちに意思を通じ合つたうえ、福原辰生に対し前記公訴事実どおりの暴行を加えたことを肯認するに十分である。原審第三〇回公判調書中の証人古門一男の供述部分、原審第三二回公判調書中の証人対馬正の供述部分、原審第三三回公判調書中の証人橋内戦時郎の供述部分、被告人久松亮、同林和夫、同小林一顕の原審公判廷における各供述、証人松岡洋、同荒木道雄、同猪本久子の当審公判廷における各供述中右認定に反する部分は、いずれもその他の前掲各証拠、並びにこれらには随所に真に自ら経験した者でなければ到底語れないような異常な体験内容が具体的詳細に活き活きとしかも何ら矛盾するところなく自然に語られ、他の関係証拠に現われた客観的状況ともよく符合しているのに対し、右部分はいずれも他の関係証拠に現われた客観的状況に符合しないことと対比して信用することができず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

そうすると、原判決は、被告人小林に関する本件公訴事実について犯罪の証明がないことに帰するとして同被告人に対し無罪の言渡しをした点、及び、被告人林に関する公訴事実のうち同被告人が被告人小林と共同して福原辰生に対し暴行を加えた点について犯罪の証明がないことに帰するとして被告人林に関し福原辰生に対する単独による暴行を認定した点においても、いずれも証拠の取捨選択とその価値判断を誤つて、事実を誤認したものであり、その誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。従つて、被告人林の弁護人らの論旨は理由がないが、検察官の論旨は理由がある。

第三、三(略)

第四、第五(略)

第六  自判

(罪となるべき事実)

原判示第四の「(罪となるべき事実)」の前に左の第一ないし第三の事実を追加する。

被告人三名は、いずれも福岡県京都郡苅田町京町二丁目苅田電報電話局に勤務する日本電信電話公社職員で、全国電気通信労働組合の組合員であり、同組合北福岡支部苅田電報電話局分会に所属し、被告人久松は同分会執行委員であるが、

第一  被告人三名は、昭和四〇年四月九日午後六時三〇分ころから右苅田電報電話局局舎二階局長室において右苅田電報電話局分会の職場交渉委員である被告人久松外同組合員四名と同局局長内山末吉、同局業務課長上野多雄、同局施設課長小西富雄、同局庶務係長中村辰範の四名が自動車運転者の交通事故防止対策等一二項目について団体交渉中、同日午後一〇時ころ、被告人久松が団体交渉の公開を要求し当局側の反対を無視して擅に交渉委員でない被告人林、同小林をはじめ同組合員九名を同室内に入れたので、内山局長ら四名がそういう状態では正常な団体交渉を行なうことができないと判断し、直ちに右交渉の打切りを宣言して退室しようとするや、在室の同組合員一一名と共謀のうえ、同室の出入口二個所のうち西側のドアの前には右組合員一瀬繁幸、同竹内富洋及び被告人久松が、東側のドアの前には被告人小林及び右組合員対馬正がそれぞれ右各ドア前に立ち塞がり、あるいは座り込み、それぞれ背部で右各ドアを押えて同各ドアを開けることができないようにし、内山局長の再三にわたる同室外への退去命令を無視して同所に滞留し、内山局長ら四名の周囲に立つて監視するとともに、同人らに対し、「お前ら、苅田の代代の管理者がどうなつたか知つておるだろうが。どうせお前らの命も長いものじやない。」、「お前らはどうせ二日でも三日でもかん詰にしておくんだ。俺らは交替でくるから平気だ。」、「お前ら団交の席に座れ。座らんなら、引きずつてきて座らせるぞ。」などと怒声罵声をあびせて脅迫し、もつて翌一〇日午前零時三〇分ころまでの間同人らの同所からの脱出を著しく困難ならしめて同人らを不法に監禁し、

第二  被告人三名は、昭和四〇年四月一九日午後四時ころ前記苅田局局長室において内山局長、上野業務課長、小西施設課長、中村庶務係長および同局に応援派遣された豊前電報電話局次長橋本薫、行橋電報電話局次長染谷勝治、同局業務課長宗知紀、同局施設課長福原辰生ら八名が翌二〇日苅田局分会により行なわれる予定の日本電報電話公社に対する賃金値上げ要求貫徹闘争にそなえ内山局長主催のもとにその対策を協議していたところ、苅田局分会員約二〇名と共謀のうえ、同日午後五時一〇分ころから同日午後九時ころまでの間、前記局長室の出入口二個所のドア外側から、いずれも頻繁に反復して、同ドアを足蹴にし、手で乱打し、これに体当りし、またバケツ類を乱打して会議の遂行を不可能ならしめる程度に室内を甚だしい喧噪におとしいれ、かつドアのガラスをプラスチツク製石鹸容器の蓋もしくは金属製の急須の蓋でこすり、人の精神状態を極端に苛立たせる不快音を発せしめるなどの暴行を加えるとともに、その間、「出てこい。打ち殺すぞ。お前ら、二日でも三日でもこのままかん詰にして置くぞ。」、「上野出てこい。出てきたらどうなるか。」などと怒号して脅迫し、もつて内山局長ら八名の職務の執行を妨害し、

第三  被告人林、同小林の両名は共謀のうえ、昭和四〇年四月一九日午後零時四〇分ころ、前記苅田局局舎二階試験室において、行橋電報電話局施設課長福原辰生が腰かけていたスチール製椅子を、被告人林がその右側から、被告人小林がその左側から各両手をもつて共同して約二、三秒間持ち上げて右福原の身体を宙に浮かせ、もつて数人共同して暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの判示第一の各所為はいずれも刑法二二〇条一項、六〇条に、被告人らの判示第二の各所為はいずれも同法九五条一項、六〇条に、被告人林、同小林の判示第三の各所為はいずれも「暴力行為等処罰ニ関スル法律」一条(刑法二〇八条)、罰金等臨時措置法(昭和四七年法律第六一号による改正前のもの。以下、同じ。)三条一項二号に、被告人久松の判示第四の所為は刑法二三四条、二三三条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するから、被告人らに対する判示第二の各罪、被告人林、同小林に対する判示第三の各罪、被告人久松に対する判示第四の罪について各所定刑中懲役刑を選択するところ、各被告人らについて以上はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるからそれぞれ同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で、被告人久松を懲役八月に、被告人林を懲役六月に、被告人小林を懲役四月に処し、被告人らに対し情状によりそれぞれ同法二五条一項一号を適用してこの裁判の確定した日から二年間右各刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用中各証人に支給した分は刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文掲記のとおり被告人らに負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

(一)  弁護人らは、被告人らの判示第一の各所為はいずれも可罰的違法性がないと主張する。

しかし、仮に可罰的違法性論を肯定するとしても、被告人らの右各所為は、前叙のとおり、被告人らが苅田局分会員一一名と共謀のうえ、午後一〇時ころから二時間三〇分間位にわたり、局長室において、内山局長ら四名を監禁したというものであつて、その手段、方法、態様を考慮すると、刑法二二〇条一項の犯罪構成要件の類型的なもの以上のものであつて、右構成要件の予想する可罰的程度の実質的違法性を十二分に具えていることが明らかであるから、弁護人らの前記主張は理由がない。

(二)  弁護人らは、被告人らの判示第二の各所為は、いずれも苅田局当局の度重なる団体交渉拒否に対し団体交渉権の回復を求めて抗議した正当な行為であるし、未だ可罰的な程度に至つていないと主張する。

しかし、被告人らの右各所為は、前叙のとおり、内山局長らに団体交渉を一時的に拒む正当な事由があつたにもかかわらず、同人らに対し約四時間近くにもわたり暴行及び脅迫を加えて同人らのストライキ対策協議を妨害したものであつて、その正当性を欠くことは明らかであり、また、仮に可罰的違法性論を肯定するとしても、被告人らの右各所為は、その手段、方法、態様を考慮すると、刑法九五条一項の犯罪構成要件の類型的なもの以上のものであつて、右構成要件の予想する可罰的程度の実質的違法性を十二分に具えていることが明らかであるから、弁護人らの前記主張は理由がない。

(三)  弁護人らは、被告人林、同小林の判示第三の各所為はいずれも可罰的違法性がないと主張する。

しかし、仮に可罰的違法性論を肯定するとしても、右被告人両名の右各所為は、前叙のとおり、苅田局二階試験室において、苅田局分会員二十数名及び小西施設課長の面前において、同分会の翌日のストライキに備え応援管理者として派遣されてきていた行橋電報電話局施設課長福原辰生が腰かけていた椅子を共同して約二、三秒間持ち上げて同人の身体を宙に浮かせ、もつて数人共同して同人に対し暴行を加えたというものであつて、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」一条(刑法二〇八条)の犯罪構成要件の類型的なもの以上のものであつて、右構成要件の予想する可罰的程度の実質的違法性を十二分に具えていることが明らかであるから、弁護人らの前記主張は理由がない。

(四)  弁護人らは、被告人久松の原判示第四の所為は可罰的違法性がないと主張するけれども、その理由がないことは、前記第五において述べたとおりである。

(一部無罪)

なお、被告人林に関する本件公訴事実のうち、昭和四〇年八月三日付起訴状記載の第三の、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」違反の事実(すなわち、前記第三の一の(二)のとおり、同被告人が苅田局分会員二十数名とともに福原辰生に対し多衆の威力を示して脅迫した点)は、前記第三の三において述べたとおり、犯罪の証明がないことに帰するが、右公訴事実は被告人林に関する前記第六の「(罪となるべき事実)」第三の「暴力行為等処罰ニ関スル法律」違反の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されていることが明らかであるから、特に主文において無罪の言渡しをしないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例